社労士に丸投げして大丈夫?人事担当者が自分で把握すべき労務管理の境界線

公開日: 2026.02.25

最終更新日: 2026.02.25

――「社労士に全部任せてるから安心」。そう思っている人事担当者は少なくありません。しかし、社労士がミスをしても、労基署から是正勧告を受けるのは会社であり、対応するのは人事担当者です。社労士に任せてよい領域と、人事として把握しておかなければならない領域。その境界線を、約450社の中小企業をサポートしてきた税理士・特定社会保険労務士が解説します。

「全部お任せしてるから大丈夫」──それ、本当ですか?

社労士に労務管理を丸投げして安心しきっている人事担当者のイメージ

「社労士の先生に全部お任せしているので大丈夫です」──中小企業の人事担当者からよく聞く言葉です。

給与計算、社会保険の手続き、就業規則の管理、助成金の申請。これらをすべて社労士に委託していると、つい「自分は何もしなくてよい」と思いがちです。しかし、ここに大きな落とし穴があります。

社労士がどれだけ優秀であっても、法律上の責任を負うのは「会社」であり、社内で対応窓口となるのは「人事担当者」です。

たとえば、36協定の上限を超える残業が常態化していた場合、労基署の是正勧告を受けるのは社労士ではなく会社です。社労士に「任せていたはず」の算定基礎届に誤りがあって社会保険料が過大に徴収されていた場合、従業員から説明を求められるのは人事担当者です。

「丸投げ」と「適切に任せる」の間には、実は大きな差があります。この記事では、人事担当者がどこまでを社労士に任せてよいのか、どこからは自分で把握しておくべきなのか、その境界線を具体的に解説します。

社労士の業務範囲と「人事担当者の責任」は別物

まず整理すべきは、社労士に委託している業務と、法的に会社が負う責任は別のレイヤーだということです。

社会保険労務士法では、社労士の業務を大きく3つに分類しています。

区分 業務内容 独占業務
1号業務 労働・社会保険に関する申請書類の作成・提出代行 ◎ 独占
2号業務 労働・社会保険に関する帳簿書類の作成 ◎ 独占
3号業務 人事労務管理に関する相談・指導(コンサルティング) ○ 非独占

ここで注意すべきは、社労士が代行しているのは「手続き」と「書類作成」であり、「法律上の義務の履行責任」は会社に残っているということです。

⚠ 人事担当者が理解すべきポイント

・36協定の届出義務 → 義務者は「使用者(会社)」であり、社労士ではない
・就業規則の届出義務 → 届出義務は「常時10人以上の従業員を使用する使用者」
・社会保険の届出義務 → 届出義務は「事業主」
・賃金台帳・出勤簿の作成保管義務 → 義務者は「使用者(会社)」

社労士は「手続きを代行」しているだけであり、法的義務の主体はすべて会社(≒人事担当者)です。

つまり、社労士に「お任せ」しているつもりでも、法令違反があれば責任を問われるのは会社側です。「社労士に頼んであったのに」は、労基署にも、従業員にも通用しません。

丸投げ企業で実際に起きたトラブル5選

「全部社労士に任せていたのに…」──約450社をサポートする中で、前任の社労士との関係で起きていたトラブルを数多く見てきました。実際に多い事例を5つ紹介します。

事例①:36協定の更新漏れ
社労士に36協定の届出を委託していたが、1年間の有効期限が切れたまま3ヶ月放置されていた。その間の残業はすべて法違反状態。労基署の定期監督で発覚し、是正勧告を受けた。
→ 人事が「いつ期限が切れるか」を把握していなかった
事例②:算定基礎届の通勤手当漏れ
社労士に毎月の給与データを送っていたが、通勤手当の改定を伝え忘れていた。結果、算定基礎届の報酬月額が実際より低く届出され、従業員の将来の年金額に影響する事態に。
→ 「給与データを送ればOK」と思い、変更情報の共有ルールがなかった
事例③:就業規則が法改正に未対応のまま放置
2024年4月の労働条件明示ルール改正に対応した就業規則変更を社労士に依頼していたつもりだったが、実際には変更されておらず、従業員から「有期契約の更新上限を聞いていない」と申告があった。
→ 「法改正があれば社労士が対応してくれるはず」と思い込んでいた
事例④:助成金の不支給──賃上げ要件を知らなかった
キャリアアップ助成金を社労士に依頼していたが、正社員転換後の賃金が3%以上アップしている必要があったことを人事担当者が知らず、転換時の賃金設定を低く設定してしまった。社労士は給与データを受け取った段階で初めて要件未達に気づき、申請を断念。
→ 助成金の「入口要件」を人事が理解していなかった
事例⑤:退職者の離職票発行が2週間遅れ
退職者が出たが、人事担当者から社労士への連絡が遅れ、離職票の発行が2週間以上遅延。退職者がハローワークで手続きできず、会社にクレームが入った。
→ 退職日当日に社労士へ連絡するフローが決まっていなかった

これらのトラブルに共通するのは、社労士の能力不足ではなく、「人事担当者との情報共有ルールの欠如」です。社労士は、会社から受け取った情報の範囲でしか動けません。渡されていない情報に基づいてミスが起きた場合、それは「丸投げ側」の責任です。

社労士に「任せてよい」業務と、人事が「把握すべき」業務の境界線

社労士に任せる業務と人事担当者が把握すべき業務の境界線を示す比較イメージ

「どこまでを社労士に任せ、どこからは自分で把握すべきなのか」──この境界線を明確にすることが、丸投げ脱却の第一歩です。

業務 社労士に任せてOK 人事が把握すべきこと
給与計算 手当の変更・異動情報を遅滞なく伝えるルール
社会保険の届出 入退社日・扶養変更を即日連絡する体制
36協定の届出 有効期限・上限時間・特別条項の内容
就業規則の作成・変更 法改正の有無と自社への影響、従業員への周知
算定基礎届・月変届 手当改定・昇給情報の共有タイミング
助成金申請 支給要件(賃上げ率・研修時間等)の概要
労災事故の対応 △(書類作成は◎) 事故発生時の初動対応・報告フロー
ハラスメント対応 △(相談は◎) 社内相談窓口の設置・ヒアリング・記録の保管
勤怠管理・労働時間の把握 ×(社内業務) 日々の打刻確認・残業時間のモニタリング
労基署調査の対応 △(同席は◎) 必要書類の所在・自社の労務状況の説明

原則は「手続きは社労士、情報と判断は人事」です。社労士は、会社から正確な情報を受け取って初めて正しい手続きができます。情報の発信元である人事担当者が「何を・いつ・どう伝えるか」を把握していなければ、どんなに優秀な社労士でもミスは防げません。

人事担当者が最低限チェックすべき10項目

以下は、社労士に委託している企業の人事担当者が「これだけは自分で把握しておくべき」10項目です。月に一度のセルフチェックとしてご活用ください。

No. チェック項目 確認すべき理由
1 36協定の有効期限はいつか 期限切れの状態で残業させると即法違反
2 就業規則は最新の法改正に対応しているか 2024年の労働条件明示義務改正等に未対応だと違法状態
3 月の残業時間が上限に近い従業員はいないか 月45時間超・年360時間超で法違反(特別条項がない場合)
4 有給休暇の年5日取得義務は全員達成しているか 1人でも未達なら1人あたり30万円以下の罰金
5 入退社した従業員の社保手続きは完了しているか 届出が遅れると保険証の発行遅延、離職票の遅延でトラブル
6 給与データに変更がある月は社労士に伝えたか 昇給・手当変更は算定基礎届・月変届に直結
7 健康診断は年1回実施し、結果を保管しているか 安衛法66条で義務。労基署調査で必ずチェックされる
8 ハラスメント相談窓口は周知されているか 2022年4月から中小企業にもパワハラ防止措置が義務化
9 法定三帳簿(労働者名簿・賃金台帳・出勤簿)の保管場所を把握しているか 労基署調査で即座に提示を求められる
10 社労士との顧問契約の範囲を書面で確認しているか 「含まれていると思っていた」が最も危険な思い込み

10項目すべてに即答できる人事担当者は、社労士との関係が健全に機能しています。3つ以上「わからない」がある場合は、社労士との情報共有体制を見直す必要があります。

「丸投げ」から「戦略的アウトソーシング」に変える方法

「丸投げ」と「戦略的アウトソーシング」の違いは、情報の流れが一方通行か双方向かです。

項目 丸投げ 戦略的アウトソーシング
情報共有 社労士に聞かれたら答える 変更が発生した時点で即座に共有
法改正対応 社労士が勝手にやってくれるはず 社労士から法改正レポートをもらい、対応を協議
期限管理 社労士任せ 年間スケジュールを社労士と共有し、双方で管理
助成金 「何かもらえるものありますか?」 経営計画を共有し、活用できる助成金を事前に計画
責任の所在 「先生に任せてたのに」(曖昧) 役割分担が明文化されている(明確)

戦略的アウトソーシングへの切り替えは、3つのステップで実行できます。

ステップ1:顧問契約書の内容を再確認する。「何が含まれていて、何が含まれていないか」を社労士に確認し、書面で整理します。口頭の「やっておきますよ」は契約ではありません。

ステップ2:年間スケジュールを社労士と共有する。36協定の更新月、算定基礎届の時期、労働保険の年度更新、助成金の計画届の期限など、年間の主要イベントを一覧化し、双方で確認できるようにします。

ステップ3:情報共有のルールを決める。「入退社は当日中にメールで連絡」「給与変更は毎月〇日までに送付」「法改正は四半期ごとにレポートをもらう」など、具体的なルールを決めておきます。

社労士との「よい付き合い方」5つのルール

約450社の顧問先を持つ立場から、社労士と良好な関係を築いている企業に共通するルールを5つにまとめます。

ルール1:月に1回は定例の報告・相談の場を持つ。メールや電話だけでは伝わらないニュアンスがあります。月1回のオンラインミーティングでも十分です。「困ってから連絡する」のではなく、「定期的に状況を共有する」習慣が、トラブルを未然に防ぎます。

ルール2:社労士を「作業者」ではなく「パートナー」として扱う。経営方針や人事戦略を社労士に共有している企業ほど、助成金の受給率が高く、制度設計の提案も的確になります。社労士は「手続き屋」ではなく、人事労務の専門コンサルタントです。

ルール3:「悪い情報」ほど早く共有する。従業員とのトラブル、残業時間の急増、退職の兆候──こうした「悪い情報」こそ、社労士に早く伝えるべきです。対応が後手に回ると、法的リスクが膨らみます。

ルール4:顧問契約の範囲を年1回は見直す。会社の規模や業態が変われば、必要な支援も変わります。従業員が50人を超えたら衛生管理者の選任が必要になる、100人を超えたら人事制度の整備が急務になるなど、フェーズに応じた契約の見直しが大切です。

ルール5:社労士に「遠慮しない」。「こんなことを聞いたら恥ずかしい」「顧問料の範囲外かもしれない」と遠慮して相談しない人事担当者が少なくありません。しかし、質問しないことで生まれるリスクの方がはるかに大きいのです。法改正の影響、助成金の可能性、ハラスメント対応の進め方──気になったらすぐに聞く。それが顧問契約の価値を最大化する方法です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 社労士に丸投げしてはいけないのですか?

手続きの実務を任せること自体は問題ありません。むしろ専門家に任せるべきです。問題は「何を委託しているか把握しないまま任せきりにすること」です。法的責任は会社にあるため、社労士に何を・どこまで・いつまでに委託しているかは人事担当者が把握しておく必要があります。

Q2. 社労士がミスをした場合、損害賠償は請求できますか?

社労士の過失によって会社に損害が生じた場合、顧問契約や委託契約に基づいて損害賠償を請求できる可能性はあります。ただし、会社側が必要な情報を提供していなかった場合は過失相殺が認められることもあります。そのためにも、情報共有の記録を残しておくことが重要です。

Q3. 社労士との顧問契約に「含まれる業務」はどう確認すればいいですか?

顧問契約書に業務範囲が明記されているのが理想です。もし契約書がない、または曖昧な場合は、社労士に「顧問料の範囲で対応してもらえる業務一覧」を書面で出してもらいましょう。口約束だけの場合、後からトラブルになるケースがあります。

Q4. うちの社労士はあまり連絡をくれません。普通ですか?

社労士によってコミュニケーションスタイルは異なりますが、法改正の情報提供や定期的な状況確認がない場合は、契約内容の見直しや社労士の変更を検討してもよいかもしれません。少なくとも年に数回の法改正情報の共有は、顧問契約に含まれているべき基本サービスです。

Q5. 人事担当者が1人しかいません。社労士との連携で特に注意すべきことは?

人事が1人体制の場合、その担当者が休んだり退職した場合に社労士との連絡が途絶えるリスクがあります。最低限、社労士との連絡先・契約書の保管場所・年間スケジュールを社内の別の担当者(経営者含む)と共有しておきましょう。また、1人で抱え込まず、社労士に「ここまでは自分でやるが、ここからは先生に頼みたい」と明確に伝えることが大切です。

Q6. 社労士を変えたいと思ったらどうすればいいですか?

まずは現在の顧問契約書で解約条件(通知期間・引き継ぎ期間)を確認しましょう。一般的には1〜3ヶ月前の通知が必要です。新しい社労士への引き継ぎでは、就業規則・36協定・賃金台帳・各種届出控えなどの資料一式を受け取る必要があります。詳しくは当事務所の社労士変更ガイドをご覧ください。

まとめ:「任せる」と「丸投げ」の間にある大きな差

社労士と人事担当者がパートナーとして連携し戦略的に労務管理を行うイメージ

社労士に業務を委託すること自体は、中小企業にとって最も合理的な選択です。社会保険の手続き、給与計算、助成金申請──これらを社内だけで対応しようとすれば、専門知識の不足によるミスや、法改正への対応遅れが必ず発生します。

しかし、「任せる」と「丸投げ」は違います。

「丸投げ」のまま放置すると… 「戦略的に任せる」と…
36協定の期限切れに気づかない 年間スケジュールで自動的に更新される
法改正に未対応のまま運用が続く 四半期ごとのレポートで事前対応できる
助成金の要件を知らず機会損失 経営計画と連動した助成金活用ができる
労基署の調査で慌てる 必要書類がいつでも揃っている状態

社労士は、人事担当者の「敵」ではなく「最強のパートナー」です。そのパートナーシップを最大化するために、人事担当者がすべきことは「全部任せる」のではなく、「何を任せ、何を自分で把握するかを明確にする」こと。それだけで、労務管理の質は劇的に変わります。

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また、税理士と社労士を別々の事務所に頼んでいることで情報の中継役になっている場合は、ダブルライセンスのワンストップ体制への切り替えも検討に値します。「丸投げ体制の見直し」と「社労士との付き合い方の改善」──この2つを同時に進めることで、労務管理の質は劇的に変わります。

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「社労士に全部任せてるけど、これで大丈夫かな…」

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■ この記事の監修

寺田 慎也(てらだ しんや)
寺田税理士事務所 代表 / 社労士法人フォーグッド 代表社員 / 株式会社フォーグッドコンサルティング 代表

【専門分野】
税務顧問、確定申告、税務調査対応、社会保険手続き、給与計算、労務相談、飲食業労務支援、助成金申請支援

【保有資格】
税理士、特定社会保険労務士

【組織体制】
創業75年の実績を持つ専門家集団。スタッフ20名、税理士2名・社労士6名(うち特定社労士2名)が在籍し、大阪・東京の2拠点で全国450社以上の企業をサポート。

【代表者の実績・メディア掲載】
・テレビ朝日系列「羽鳥慎一モーニングショー」専門家として複数回出演(2024年5月・6月、2025年8月)
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・中央経済社『税務弘報』にて連載執筆中「新・労務知識アップデート講座」
・著書:『中小企業の人材コストは国の助成金で払いなさい』(幻冬舎、2018年)
・著書:『雇用関係助成金申請・手続マニュアル』(日本法令、2020年)

事務所公式サイト:https://taxlabor.com/

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参考リンク

全国社会保険労務士会連合会|社労士の業務内容・労務管理の相談指導業務について
厚生労働省|事業主の方へ(労働基準情報)|36協定届・就業規則届出等の手続き案内
e-Gov法令検索|社会保険労務士法|独占業務(第2条・第27条)の条文

※本記事は2026年2月21日時点の情報に基づいています。法令や制度の最新情報は関係省庁の発表をご確認ください。

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