社労士が警告!部長や店長の残業代未払いで1652万円のリスク

公開日: 2025.10.13

最終更新日: 2025.10.13

多くの企業に潜む残業代未払いリスク|安易な”管理監督者”扱いは危険

社労士として多くの企業様と接する中で、多くの企業において役職者(執行役員、部長、店長、マネージャーなど)安易に「管理監督者」として扱い、残業代を支払っていないケースが散見されます。しかし、法律で定められた「管理監督者」の要件は厳格であり、多くの企業がそのリスクを正しく認識できていません。

本記事では、この潜在的なリスクの危険性を明らかにし、具体的な対策、そして万が一残業代を請求された場合の金額や税務処理について詳しく解説します。


「管理監督者」とは名ばかり?多くの企業が陥る勘違い

労働基準法で残業代の支払い義務が免除される「管理監督者」とは、単なる役職名ではありません。以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。

  1. 経営者と一体的な立場で仕事をしているか(経営権・決済権): 経営会議への参加や、採用・解雇、人事考課に関する重要な権限を持っているか。
  2. 出退勤の自由があるか(労働時間の裁量): 自身の労働時間を自由に決定できる裁量があるか。遅刻や早退をしても、給与から控除されないか。
  3. 地位にふさわしい待遇がされているか(賃金面の優遇): 一般社員と比較して、その地位にふさわしい高額な給与や手当が支払われているか。例えば、換算した時給額が一般社員の時給額と大きな差がない場合は、管理監督者性を否定する要素となる
  4. 職務内容が管理的業務であるか: 部下の労務管理や業務の統括など、管理的な業務が中心であるか。

「店長だから」「マネージャーだから」という理由だけで残業代を支払わないのは、非常に危険です。実際には、多くの店長やマネージャーは、店舗のシフトに組み込まれていたり、労働時間の裁量がなかったり、賃金も一般社員と大差なかったりと、上記の要件を満たしていないケースがほとんどです。


未払残業代を請求された場合の衝撃的な金額

もし、管理監督者ではないと判断された従業員から過去の残業代を請求された場合、企業はどれくらいの金額を支払うことになるのでしょうか。典型的な2つのケースで見ていきましょう。

ケース1:役職者だから不要と誤解し、基本給のみ支払っていた場合

「管理職には残業代は必要ない」という誤った認識のもと、月給50万円のみを支払っていたケースです。

【前提条件】

  • 月給:50万円
  • 年間所定労働日数:245日
  • 1日の所定労働時間:8時間
  • 月平均残業時間:60時間
  • 請求期間:3年(残業代請求の時効は当面3年)

【請求額の計算】

1. 基礎時給の計算:
まず、割増賃金の基礎となる時給を算出します。このケースでは月給50万円がまるごと計算の基礎になります。
500,000円 ÷ (245日 × 8時間 ÷ 12ヶ月) ≒ 3,061円

2. 3年分の未払残業代:
3,061円 × 1.25(割増率) × 60時間 × 12ヶ月 × 3年 ≒ 8,264,700円

ケース2:「役職手当」を残業代のつもりで支払っていたが、要件を満たさない場合

月給50万円の内訳を「基本給45万円+役職手当5万円」とし、会社側は「役職手当が残業代の代わり」だと考えていたケースです。しかし、固定残業代として認められるには「①通常の労働時間の賃金にあたる部分と、割増賃金にあたる部分とが明確に区分されていること」「②割増賃金にあたる部分が何時間分の時間外労働に対する対価か明示されていること」などの要件を就業規則や雇用契約書で満たす必要があります。これを満たしていない場合、役職手当は残業代の支払いとは認められません。

【前提条件】

  • 月給:50万円(内訳:基本給45万円、役職手当5万円)
  • ※その他、労働時間や請求期間はケース1と同一

【請求額の計算】

1. 基礎時給の計算:
固定残業代の要件を満たさない「役職手当」は、残業代の支払いとは見なされず、基礎賃金に含めて計算されます。つまり、会社が残業代のつもりで払っていた5万円は、結果的に基礎時給を上げるだけに終わってしまいます。
(450,000円 + 50,000円) ÷ (245日 × 8時間 ÷ 12ヶ月) ≒ 3,061円

2. 3年分の未払残業代:
計算の基礎がケース1と全く同じになるため、請求される残業代も同額になります。
3,061円 × 1.25(割増率) × 60時間 × 12ヶ月 × 3年 ≒ 8,264,700円

最終的な支払額はさらに膨らむ可能性

上記で計算した約826万円は、あくまで未払いの残業代本体です。裁判になった場合、悪質と判断されると、裁判所はこれと同額の「付加金」の支払いを命じることができます。さらに、退職している従業員からの請求であれば、年率14.6%の遅延損害金も加わります。

最終支払額: 約826万円(本体) + 付加金 約826万円 + 遅延損害金 = 最大1,652万円以上

たった一人の従業員からの請求でも、企業の経営に大きな打撃を与えかねない金額になるのです。


参考となる裁判例:「名ばかり管理職」は認められない

裁判所は、役職名ではなく、実態に基づいて管理監督者かどうかを厳格に判断しています。ここでは参考となる2つの有名な判例をご紹介します。

判例1:日本マクドナルド事件(東京地裁 平成20年1月28日判決)

日本マクドナルド事件

ファーストフード店の店長が、会社から管理監督者として扱われ残業代が支払われていなかったため、未払残業代を請求した事件です。

  • 裁判所の判断:店長の管理監督者性を否定
  • 理由
    • 店長は店舗運営の責任者だが、その権限はマニュアルや上司の指示に大きく制約されていた。
    • アルバイトの採用はできても、時給や人員配置の最終決定権はなかった。
    • 自らシフトに入り、長時間労働を余儀なくされており、労働時間の裁量があるとは言えなかった。
    • 賃金も、下位の役職者との差が小さく、時間単価に換算するとアルバイト従業員を下回ることさえあった。
  • ポイント:たとえ「店長」という肩書でも、経営者と一体と言えるほどの権限がなく、労働時間も管理され、待遇が不十分であれば管理監督者とは認められない、という流れを決定づけた重要な判例です。参考:労働基準判例検索(日本マクドナルド事件

判例2:三井住友トラスト・アセットマネジメント事件(東京地裁 令和3年2月17日判決)

三井住友トラスト・アセットマネジメント事件

資産運用会社の専門職(レポート作成担当)が、管理監督者には該当しないとして未払残業代を請求した事件です。

  • 裁判所の判断:専門職の管理監督者性を否定
  • 理由
    • 担当業務はレポートの確認・作成であり、経営上の重要事項の企画立案には当たらないと判断された。
    • 部署の管理者ミーティングに参加しておらず、部下もいなかった。
    • 年俸(約1270万円)は高額で、労働時間にも一定の裁量はあったが、それだけでは管理監督者とは言えない。
    • 最も重要な「経営者と一体的な立場」にあると言えるだけの職務・責任・権限がないと判断された。
  • ポイント:たとえ専門職で給与が非常に高く、労働時間に裁量があったとしても、「経営への関与」という実態が伴わなければ管理監督者とは認められない、ということを明確にした判例です。参考:労働基準判例検索(三井住友トラスト・アセットマネジメント事件

判例2:京都福田事件(大阪高裁 昭和64年2月21日判決)

京都福田事件

本社の総務課主任が、「管理監督者」には当たらないとして未払いの割増賃金を請求した事件です。

  • 裁判所の判断:主任の管理監督者性を否定
  • 理由
    • 会社の就業規則において、労働時間の規定が適用されない管理監督者として「主任」が挙げられていなかった。
    • 支払われていた役職手当は、時間外手当の算定基礎に含まれており、残業代込みの手当ではなかった。
    • 出退勤時間はタイムカードで管理され、一般従業員と全く変わらず、厳格な制限を受けていた。
    • 経営者と一体的な立場にあったとは到底言えない実態だった。
  • ポイント:会社の「職制規程」に管理職との定めがあっても、就業規則の定めや勤務実態(労働時間の裁量がない、待遇が不十分など)が伴わなければ、管理監督者とは認められないことを示しています。参考:労働基準判例検索(京都福田事件

今すぐできる!未払残業代リスクへの対処法

1. 定額残業代(固定残業代)制度の導入

最も有効な対策の一つが、定額残業代制度の導入です。これは、一定時間分の残業代をあらかじめ給与に含めて支払う制度です。

【導入の重要手順と要件】

  • 就業規則への規定: 就業規則や賃金規程に、定額残業代が何時間分の残業代に相当するのか、またその金額を明確に記載する必要があります。
  • 明確な区分: 基本給と定額残業代部分を明確に区別して、給与明細に記載しなければなりません。(例:「基本給 350,000円」「固定残業手当(40時間分) 100,000円」)
  • 差額の支払い: 定額残業時間を超えて残業した場合は、その差額分を追加で支払う義務があります。
  • 周知と同意: 従業員に対して制度内容を丁寧に説明し、個別の同意を得ることが望ましいです。

注意点: 定額残業代を導入したからといって、無制限に残業させて良いわけではありません。残業時間苧上限は、原則として月45時間・年360時間とし、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることができません。労働時間の適切な管理は引き続き必要です。
参考:時間外労働の上限規制|働き方改革特設サイト(厚生労働省)

2. その他の対策

  • 労働時間管理の徹底: タイムカードや勤怠管理システムを導入し、従業員の労働時間を正確に把握する。
  • 役職者の権限と待遇の見直し: 「管理監督者」の要件を満たせるよう、権限の委譲や待遇改善を行う。
  • 業務効率化による残業時間の削減: そもそも残業が発生しにくい体制を構築することも重要です。
    • DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進:定型業務を自動化するRPAや情報共有を円滑にするツールを導入する。
    • ノンコア業務の外注化:専門性の低い業務や定型的な業務を外部に委託し、社員がコア業務に集中できる環境を作る。
    • 柔軟な働き方の導入:時差出勤やフレックスタイム制度を導入し、通勤ラッシュの回避やプライベートとの両立を支援する。
  • 専門家への相談: 社労士などの専門家に相談し、自社の労務管理体制に問題がないか診断してもらう。

未払残業代を受け取った場合の税務処理

従業員が未払残業代を一括で受け取った場合、税務上の扱いはどうなるのでしょうか。

  • 給与所得として扱われる: 未払残業代は、本来支払われるべきであった給与の一部とみなされるため、給与所得として扱われます。退職金などとは異なります。
  • 受け取った年の所得となる: 過去数年分の残業代であっても、原則として実際に支払いを受けた年の給与所得として一括で申告する必要があります。

参考:過去に遡及して残業手当を支払った場合(国税庁)

注意点: 一括で受け取ることで、その年の所得が大幅に増加し、所得税や住民税の税率が上がってしまう可能性があります。しかし、これは法律上の正しい処理方法です。会社側は、支払い時に源泉徴収を行う必要があります。

裁判を通じて和解金や賠償金として受け取った場合でも、その実質が労働の対価である残業代に相当するものであれば、同様に給与所得として扱われるのが一般的です。


まとめ

役職者への安易な「管理監督者」扱いは、企業にとって大きな経営リスクとなります。まずは自社の現状を正しく把握し、労働基準法に則った適切な労務管理を行うことが不可欠です。

定額残業代制度の導入や労働時間管理の徹底など、今すぐ着手できる対策は数多くあります。潜在的なリスクが現実化する前に、ぜひ一度、専門家である社労士にご相談ください。正しい知識と対策が、企業と従業員双方を守ることに繋がります。


本記事の内容に関連する行政官庁の公式情報もご参照ください。



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