2020年の税制改正大綱で「相続税と贈与税の一体化」が発表され、相続税と贈与税は大きな転換期を迎えようとしています。
巷のニュースでは、
「生前贈与ができなくなる」
「贈与税の110万円の基礎控除がなくなる」
「相続税と贈与税の一体化により相続税が増税される」
と囁かれており、贈与税の改正内容次第では、私たちの生活に大きな影響を与えるのではないでしょうか。
今回は、生前贈与についての今後の動向と2022年の贈与税の改正点についてご紹介します。
暦年課税が廃止されるって本当?
贈与税の計算方法には「暦年課税制度」と「相続時精算課税制度」があります。暦年課税制度とは、暦年(1月1日~12月31日)を一区切りとして贈与税を計算する原則的な方法です。相続が発生した際は、相続が発生する「3年前までに行った贈与」が加算されます。
一方、相続時精算課税制度とは、相続が発生した時に相続時精算課税適用後に贈与した財産の額を全て加算して相続税を求める方法です。相続時精算課税制度を選択するためには、一定の要件を満たし、選択届出書を提出する必要があるため、贈与税の例外的な方法と言ってもいいでしょう。
この二つの課税制度のうち、1年区切りで贈与税の計算を行う暦年課税制度は「相続税と贈与税の一体化」の方針と異なるため「2022年の改正で廃止されるのではないか」と噂されていました。しかし、2022年度の税制改正大綱では、暦年課税制度の廃止は盛り込まれず、翌年以降に持ち越されました。
暦年贈与は相続税対策として利用されている実態がある
暦年課税制度が廃止されると、これまで相続税対策として代表的かつ効果的な手法であった「暦年贈与による節税対策」が利用できなくなってしまいます。暦年贈与による節税対策は「相続税対策の基本」と言われているほどポピュラーであり、上手く利用することで大きな節税効果を得ることが可能です。
暦年贈与を利用した相続税対策の仕組み
暦年課税制度では、年間110万円の基礎控除(非課税枠)が設定されています。つまり、年間110万円までの贈与については贈与税が課税されず、贈与税申告の必要もありません。また、年間110万円を超える財産を贈与しても、その贈与額から110万円を差し引いた残りに贈与税が課税されるため、基礎控除を有効に活用することができます。
上記は相続税と贈与税の税率表です。税率を比べてみると、贈与税率の方が高く設定されているため「生前贈与を行った方が損をする」と勘違いされる方もいらっしゃいます。しかし「相続時に一括で全ての財産に課税される相続税」と「1年区切りで課税される贈与税」は単純に比較できません。
相続では財産を何度かに分割して相続することはできず「一括」で財産を相続するため、相続税率は贈与税率よりも低く設定されています。一方、贈与税率は相続税よりも高く設定されていますが、財産を小分けにし、何年にも分けて生前贈与を行うことで1年に行う贈与額を少なくできます。生前贈与により財産を移転させることで、相続税の節税に繋がるのです。特に、相続が発生するまでの期間が十分にあり、生前贈与することができる相続人や孫の人数が多いケースでは生前贈与は大変有効な方法です。
相続開始前3年以内の生前贈与加算を延長する動き
相続と贈与はどちらとも「財産を移転する行為」であることには変わりありません。しかし、生前と亡くなってからでは課税方式も税率も異なり、不平等感があることは否めません。これについて日本政府では、2021年の税制改正で「資産移転の時期の選択に中立的な税制」の構築に向けて「本格的な検討を進める」としています。
具体的な政策はまだ発表されていませんが、相続開始前3年以内の贈与加算が延長されるのではないかと言われています。相続税の計算では、亡くなる前の3年以内に受けた生前贈与(暦年課税)は全てなかったものとみなし、相続税の課税対象に加算する「生前贈与加算」を行わなければなりません。つまり、生前贈与加算により、相続開始前3年以内は「相続税と贈与税の一体化」になっていると言えるのではないでしょうか。
今後の贈与税・相続税の改正では、この生前贈与加算が行われる「3年以内」が10年もしくは15年に延長されていくのではないかと思われます。その理由として、2018年の財務省の資料では、相続税と贈与税の制度がある欧米諸国と日本を比較しています。アメリカでは、相続税と贈与税は統一されており、生涯にわたって贈与した財産の合計額を相続税に加算します。ドイツでは相続開始前10年以内に贈与した財産が相続財産に加算され、フランスでは相続開始前15年以内に贈与した財産が加算されます。日本の相続開始前3年加算も欧州並みの10年から15年になり、孫への生前贈与も一定の規制が制定される可能性も考えられます。
(出典:平成30年10月17日財務省説明資料「資産課税について」)
生前贈与は今行っても問題ない
2022年の税制改正では生前贈与に関しての改正は見送られましたが、将来的に「生前贈与加算の期間の延長」や「暦年課税制度」の廃止などが考えられます。では、生前贈与は今行っても問題ないのでしょうか。私見ではありますが、将来的に税制改正が行われるとしても「生前対策を今行っても問題ない」と考えられます。
その理由は、「相続税と贈与税の一体化が行われたとしても生前贈与ができなくなるわけではない」からです。生前贈与は民法に定められた行為であるため、税制改正が行われたとしてもなくなることはありません。
(贈与)
第549条
贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。
また、相続税と贈与税の一体化に向けた税制改正が行われるとしても、段階的に改正が行われると考えられます。いきなり暦年課税制度を廃止し、全て相続時精算課税制度に移行すると、国民や各方面から大きな反発が予想されますので難しいのではないでしょうか。今現在、生前贈与を考えられているのであれば、将来の税制改正のことを考えて予定を変更するのではなく、今できる一番良い方法を実行すればいいのではないでしょうか。将来、税制改正が行われた際に、再検討を行っていくことをおすすめします。
2022年の贈与税の主な改正点
2022年の税制改正では暦年課税制度に関する改正は見送られ、大きな改正点は見られませんでしたが、制度の延長や見直しなど改正が行われました。主な改正点を二つご紹介します。
住宅取得等資金の贈与税の非課税措置の延長・見直し
子どもや孫が住宅を取得する際の資金援助の非課税制度「住宅取得等資金の贈与税の非課税措置」が延長、見直しが行われました。
①適用期間の延長⇒適用期間が令和3年12月31日から令和5年12月31日まで2年間延長されました。
②非課税限度額の見直し
改正前は住宅を取得する際の契約の時期により非課税枠が設定されていましたが、今回の改正で契約時期に関わらず、 非課税枠が次のとおり設定されました。
・耐震、省エネ又はバリアフリーの住宅用家屋 非課税枠1,000万円
・上記以外の一般住宅 非課税枠500万円
③中古住宅の築年数要件の廃止
対象になる中古住宅は「取得の日以前20年以内(耐火建築物の場合は25年以内)に建築されたもの」の要件が廃止され「昭和57年(1982年)1月以降の新耐震基準に適合している住宅であること」に改正されました。
④受贈者年齢の引き下げ
民法の成年年齢の引き下げに伴い、対象になる受贈者の年齢が20歳から18歳に引き下げられました。
財産債務調書制度の見直し
一定基準以上の財産や所得がある人に保有財産や債務を記載した書類の提出を義務付ける「財産債務調書制度」の見直しが行われました。
①提出義務者の見直し
改正前⇒所得2,000万円超かつ総資産3億円以上又は有価証券等1億円以上
改正後⇒上記要件に加えて総資産10億円以上(所得基準なし)
※所得がない人であっても総資産が10億円以上の人は財産債務調書の提出が必要になります。
②提出期限の変更
財産債務調書の提出期限を翌年3月15日から翌年6月30日に変更されました。
③家庭用動産の基準の変更
記載を省略することができる「その他の動産の区分に該当する家庭用動産」の取得価額が100万円未満から300万円未満に引き上げられました。
まとめ
2022年の税制改正では生前贈与についての改正は行われませんでした。しかし、「相続税と贈与税の一体化」の議論は続けられており、近いうちに何らかの改正が行われると見られています。「相続なんて先のこと」と考えるのではなく、今のうちから相続税対策を検討してみてはいかがでしょうか。寺田税理士・社会保険労務士事務所では生前対策についてのご相談も承っております。お気軽に下記のお問い合わせフォームよりご連絡ください。