会社の経営者・役員は労働者ではないため、労災保険の給付を受けられないことをご存知でしょうか。しかし、会社役員の肩書きはあるものの、実際には現場で働く役員も少なくありません。このように、会社の役員をしているが実際の現場で仕事に携わっている人への万が一の補償に備えて労災保険に加入できる制度が「中小事業主特別加入制度(労災保険特別加入)」です。
労災保険特別加入制度とは
「労災保険特別加入制度」とは、「労災保険」の加入の対象にならない人が特別に加入できる制度です。「労災保険」は、勤務中や通勤中に起きた出来事に起因したケガや病気、障害、死亡した場合に保険給付が行われる制度で、労働者やその遺族の生活を守るための大事な制度です。
「労災保険」の対象者は「労働者」です。ただし、労働者以外の人の中でも、業務の実情などから「労働者に準じて労災保険で保護する必要があると認められている人」に対しては特別に労災保険に加入することができます。これを「労災保険特別加入制度」と言います。「労災保険特別加入制度」には、次の4種類があります。
①中小事業主特別加入 (第1種特別加入)
②一人親方特別加入(第2種特別加入)
③特定作業従事者特別加入(第2種特別加入)
④海外派遣者特別加入(第3種特別加入)
ここでは、事業主・家族従事者・業務に従事する役員が加入することができる「①中小事業主特別加入」についてご紹介します。
中小事業主特別加入制度のメリット
「中小事業主特別加入制度」には様々なメリットがあります。
・「社長・役員・家族従事者」にも労災保険が適用される
これは、「中小事業主特別加入制度」のメインとなるメリットです。通常は労災保険に加入できない人が「特別」に加入できます。「労災保険」は、政府が運営している制度なので安心で充実した補償が受けられます。
・勤務中の事故による治療費は自己負担なし
労災保険の補償内容は、手厚く設定されています。勤務中の事故に起因する治療の場合は、自己負担なしで治療が受けられます。例えば、社長が勤務中の事故により治療が必要な場合、通常は治療費の全額を自己負担する必要があります。
なぜなら、勤務中の事故(労働災害)には健康保険を利用することができないからです。しかし、「中小事業主特別加入制度」に加入した場合は、治療費の自己負担がありません。
・労働保険事務の負担が軽減される
「中小事業主特別加入制度」の加入条件の1つに「労働保険の事務処理を労働保険事務組合に加入していること」があります。そのため、労働保険事務については労働保険事務組合(または社労士)が代行して行うため、自社で煩雑な労働保険事務を行う必要はありません。
労働保険事務組合の多くは、各地にある商工会議所や青色申告会などが主催し運営している組合と、社労士事務所に併設して運営している組合があります。どちらも「中小事業主特別加入制度」の加入要件を満たしますが、社労士事務所に併設して運営している組合は労務相談や就業規則作成、助成金の申請など、労務に付随したサービスを受けることができます。
・保険料を給付基礎日額により設定できる
「中小事業主特別加入制度」の保険料は、給付基礎日額と業種により異なります。「給付基礎日額」(労働基準法の平均賃金に相当する額)に応じて保険料を設定することができます。
・保険料を年3回分割で納付できる
労働保険事務組合に加入することで、保険料の金額に関わらず年3回の分割納付が可能です。労働保険事務組合に加入していない場合は、保険料の額が一定額以上でないと分割納付が認められていません。
中小事業主特別加入制度未加入のリスク
「中小事業主特別加入制度」未加入で社長・役員・家族従事者が労働者として勤務している場合には大変大きなリスクがあります。特に建設業の場合は、勤務中に大きな事故が起こる可能性があるため他の業種に比べてリスクが大きくなります。どのようなリスクがあるのか具体例を見ていきましょう。
・建設業で数次請負によって工事が行われている場合
数次請負による工事は、元請けが一括して労災保険に加入します。これは「労働基準法第87条」で元請け人が使用者とみなされるからです。
この工事に「中小事業主特別加入制度」未加入で社長・役員・家族従事者が工事に従事している際に、万が一事故が発生した場合は、社長・役員・家族従事者は「労働者」に該当せず、元請けからの労災保険の給付を受けることができません。
工事に従事する社長や役員の生活を守るため、元請けとの補償を巡るトラブルを防ぐためにも「中小事業主特別加入制度」の加入をおすすめします。
中小事業主特別加入制度に加入していないと・・・・
中小事業主特別加入制度と民間任意労災を比較
「中小事業主特別加入制度」と同じ様に社長や役員の業務中の事故の補償には「民間任意労災」があります。「中小事業主特別加入制度」の運営母体が政府であるのに対し、「民間任意労災」は、民間の保険会社が販売している労災事故を補償する保険です。
中小事業主特別加入制度と民間任意労災との違いは?
「中小事業主特別加入制度(政府労災)」と「民間任意労災」との大きな違いは運営母体ですが、それ以外にも補償内容や保険料などに違いがあります。ここでは、「中小事業主特別加入制度」と一般的な「民間任意労災」の比較を見ていきましょう。
・「民間任意労災」はあくまでも「政府労災の上乗せ補償」
「民間任意労災」は、「政府労災」の上乗せ補償であるため、「障害補償給付」などの長期間の保険給付が十分でないプランが多くあります。「民間任意労災」のみの補償では十分ではありません。
・「休業補償給付」や「遺族(補償)給付」などの制度が充実
「中小事業主特別加入制度」は、家族がいる場合にとても重要になる「遺族補償給付」や「休業補償」が充実しています。また、万が一、不慮の事故が起きた場合は、「介護補償給付」「葬祭給付」などが用意されています。
・経営事項審査の加点につながる
建設業を営んでいる場合、公共事業の入札に「経営事項審査」の提出が必要です。従業員を雇用していない会社の場合、役員のみでは「政府労災」に加入できず、「経営事項審査」で加点を得ることができません。この場合、「民間任意労災」ではなく「政府労災」に加入することにより、「経営事項審査」の評価が向上します。
・保険料が安い
「中小事業主特別加入制度」は、一般的に「民間任意労災」より保険料が安い傾向があります。ただし、「民間任意労災」にはオプションを追加できるなどの利点もあります。
「民間任意労災」は補償内容、保険料などから見ても単独では十分な補償が得られないケースが多いため、「政府労災」の上乗せ部分として利用することをおすすめします。また、「政府労災」だけでは、「慰謝料が発生した場合」「見舞金を負担する必要が出た場合」に対処することができません。
この部分については「民間任意労災」でカバーした方が安全です。「政府労災」だけではカバーできない部分を保険会社や商工会議所などが「労災上乗せ保険」として販売しています。「労災上乗せ保険」に加入する場合、保険によっては加入条件に「政府労災加入」がありますので確認が必要です。
中小事業主特別加入制度の注意点
政府より運営されており、手厚い補償のある「中小事業主特別加入制度」にも、注意点があります。注意点を理解しておかなければ「特別加入」している社長や役員がケガしたにも関わらず保険給付が行われない場合があります。
①労働者として仕事を行っている時のみ保険給付が受けられる
「使用者」として行っている業務従事中にケガをしても保険給付の対象になりません。例えば、取引先との資金繰りを目的とする接待(宴会や親会社とのゴルフなど)、取締役会に関わる業務中などが保険給付の対象外になります。
②勤務時間外の労働は保険給付の対象にならない
勤務時間以外の労働については、保険給付の対象になりません。特別加入時に申請書に業務内容と勤務時間を記載して提出しなければなりません。申請書に記入した業務・勤務時間以外に起因する事故などによるケガについては保険給付の対象外になります。
上記のようなケースでは保険給付が行われないおそれがあります。実際、「中小事業主特別加入制度」に加入していた事業主が建設現場の下見中に死亡した事故では、被害者の妻からの遺族補償給付請求が労基署から不支給処分になり裁判になりました。この裁判では、建設現場の下見が従業員を伴わない業務であったため「管理業務」と判断され棄却されました。(広島中央労基署長事件 H24.2.24 最高裁)
中小事業主特別加入制度の加入手続き
会社社長や役員・家族従事者にも手厚い補償が受けられる「中小事業主特別加入制度」の加入手続き方法をご紹介します。
中小事業主特別加入制度の加入要件
「中小事業主特別加入制度」の加入要件の1つに「中小事業主等であること」と定められています。「中小事業主等」とは。次に当てはまる人のことを言います。
①一定の労働者を常時使用する事業主(建設業の場合は300人以下の労働者)
②上記にあてはまる事業主の家族従事者や法人の役員など
「中小事業主特別加入制度」に加入するためには上記にあてはまる「中小企業主等であること」の他に、以下の2つの要件を満たし、所轄の都道府県労働局長の承認を受けることが必要です
①雇用する労働者(従業員)の政府労災が成立していること
②政府労災の事務処理を「労働保険事務組合」に委託していること
※中小事業主特別加入制度に加入できるかフローチャート(建設業)
加入時に健康診断が必要な場合
「中小事業主特別加入制度」に加入する場合、業務の種類によっては健康診断を受診していただく必要があります。この健康診断は、特別加入する前の業務が原因となって発生したケガや病気について保険給付が行われないようにするためです。健康診断が必要な業務の種類は、以下のとおりです。
特別加入時に健康診断が必要になる業務の種類
特別加入予定者の業務の種類 |
業務に従事した通算期間 | 必要な健康診断 |
粉じん作業を行う業務 |
3年以上 |
じん肺健康診断 |
振動工具使用の業務 |
1年以上 |
振動障害健康診断 |
鉛業務 |
6か月以上 |
鉛中毒健康診断 |
有機溶剤業務(屋内) |
6か月以上 |
有機溶剤健康診断 |
特別加入時に健康診断を受けた結果、「特別加入予定者がすでに疾病にかかっており、その症状、又は障害の程度が一般的に就業することが困難であって、療養に専念しなければならないと認められる場合」は特別加入が認められません。
また、「特別加入予定者がすでに疾病にかかっており、その症状、又は障害の程度が当該業務からの転換を必要とすると認められる場合」は、その業務以外についてのみ特別加入が認められます。
中小事業主特別加入制度の保険料
特別加入者の労災保険料は、希望する給付基礎日額の保険料算定基礎額(給付基礎日額×365)にそれぞれの事業によって決められている保険料率を乗じた金額になります。保険料の算定表は、次のとおりです。
給付基礎日額・保険料一覧表
(出典:厚生労働省「特別加入制度のしおり」)
注)毎年度、保険料率は変更・更新が行われます。
補償の対象になる範囲と補償額
中小事業主特別加入制度の補償対象は、「業務・通勤災害」です。業務災害については、通常の労働者と異なり特別加入者の主観的な判断(管理業務なのか労働業務なのか)が入るため、業務災害になるかどうかの認定が困難です。そのため、業務災害の認定は厚生労働省労働基準局長が定める基準になります。原則的には「所定労働時間内に労働者と同じ業務、又は作業内容の被災」が対象です。通勤災害については、通常の労働者と同様に取扱われます。
補償額については、次のとおり定められています。
保険給付の種類 |
補償内容 |
治療費(療養補償給付) | 病院の治療費は全額支給 |
休業補償(休業給付) | 休業4日目以降、休業1日につき給付基礎日額の60%相当額を支給 |
障害給付 | ・障害年金(1~7級)は日額の313日分~131日分を支給
・障害一時金(8~14級)は日額の503日分~56日分を支給 特別支給金(1~14級)は342万円~8万円(一時金)を支給 |
遺族給付 | ・遺族年金は、遺族の人数によって給付額が異なり、日額の245日分~153日分(最低保障 日額1,000日分)
・特別支給金は遺族の人数に関わらず300万円(一時金) |
葬祭給付 | いずれか高い方が支給される
・31万5千円+給付基礎日額30日分 ・給付基礎日額の60日分 |
まとめ
今回は、会社の経営者・役員でも労災に加入できる「中小事業主特別加入制度」についてご紹介しました。経営者・役員であっても労働者と同じ業務に従事している場合は、業務中のケガや病気にかかる危険性があります。
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『一人親方が加入できる労災保険とは?』
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