労働者の強い味方である「労災保険」は、誰でも加入できる制度ではありません。会社役員や個人事業主などの「労働者ではない人」が業務中に怪我や病気になった場合には労災保険は利用できません。労働災害はいつ・誰に起こるか分からないものです。万が一、会社社長が業務中に大怪我を負った場合、社長および社長の家族は何の補償も受けることができず、路頭に迷ってしまいます。
労災保険には、「労働者ではない人」でも業務中の事故について、国からの手厚い補償が受けられる制度「特別加入制度」が用意されています。しかし、特別加入制度に加入していない会社役員などの方が実際にいらっしゃいます。ここでは、特別加入制度未加入の方が間違って認識している、労災保険についての7つの誤解をご紹介します。
労災保険の間違った誤解①「自分は労災事故にあわない」
いつ、誰にでも起こりえる労災事故
労働災害事故(労災事故)は、誰にでも起こりえる事故です。労災保険の受給者は年間68万人にのぼり、その中でも死亡災害にあった人は909人、休業4日以上の死傷災害にあった人は127,329人います。特に高齢になればなるほど労災事故にあう可能性が増加します。労災事故の最も多い原因は「転倒」、次に「墜落」となっています。
就業している業種によって発生状況が異なりますが、どんな業種であっても労災事故はいつでも起こる可能性があります。自分だけが労災事故にあわないと思い、他人事だと考えるのは間違いです。特に、会社経営をされている方や個人事業主の方が労災事故にあわれると会社の経営や生活に直結します。
社長自身が、外回り営業や銀行への入出金へ出かける際の移動中に自動車の衝突事故、自転車事故、階段の踏み外しなどに遭うケースも多くあります。国から手厚い補償が受けられる「特別加入制度」は、そんな事業者の方の強い味方です。
労災保険の間違った誤解②「健康保険証があるから大丈夫」
労災かくしは違法行為
業務上、または通勤途中の事故により負傷した場合は「健康保険証」は利用できません。もし、業務上の事故による負傷で健康保険証を利用した場合、労災かくしになります。「労災かくし」は、刑法上の犯罪行為で「50万円以下の罰金」となっています。「そんな大袈裟な…」と思われる方もいらっしゃると思いますが、厚生労働省では労災かくしが発覚した場合には厳重に罰する方針です。
労災かくしが発覚すると、労働基準監督署が違反者を安全衛生法違反容疑で送検し、ほとんどのケースで罰金刑となります。「労災事故かどうかなど分かるはずがない」と思われる方もいらっしゃいますが、治療を受けた病院では簡単に分かってしまいます。例えば、大きな事故の場合で、スーツや作業着などの服装で病院に搬送された場合は労災事故を隠すことは不可能です。
また、「労災かくし」が発覚すると会社経営や事業経営に大きな悪影響を与えます。例えば、建設会社を経営している社長は、使用者になるため労災保険は適用されません。社長自らが下請けの現場に出て作業を行っている場合、建設現場では社長の労災保険が義務付けられています。
その場合、社長には通常の労災保険が適用されないため、労災保険の特別加入制度に加入する必要があります。しかし、労災保険の特別加入は任意加入であるため、特別加入制度に入っていない社長もいます。その状態で労災事故が発生し、労災保険に加入していない社長が健康保険証を利用して病院へ通った場合は「労災かくし」となります。
「労災かくし」が発覚した場合、その工事現場の元請会社が「安全配慮義務違反」として損害賠償責任を負う可能性と、労働安全衛生法違反の疑いで労働基準監督署により災害調査等の対象になる可能性があります。
元請に特別加入制度の未加入を隠していた場合、元請との関係が悪化し、次からの仕事の受注ができないようになる可能性もあります。労災保険の特別加入制度への加入は仕事を受注する上でも重要です。元請と良い関係を続けていくためにも、特別加入制度へ加入しましょう。
労災保険の間違った誤解③「民間の保険に入っているから大丈夫」
民間保険は労災保険の上乗せ補償
労災保険と民間保険は、同じではありません。民間保険会社が提供している任意労災保険に対し、労災保険は国が主体で行っている政府労災保険です。民間の任意労災保険は、あくまでも「政府労災保険の上乗せ補償」という立ち位置です。そのため、任意労災保険は政府労災保険よりも補償が十分ではなく、保険料が高くなる傾向にあります。自動車保険で例えるならば、政府労災保険は「自賠責保険」、任意労災保険は民間保険会社の自動車保険のようなものです。
任意労災保険ではなく政府労災保険を選ぶ理由は、次のとおりです。
①長期間休業した時でも「長期補償」がある
②万が一のことがあっても家族に「遺族年金・障害年金制度」がある
③一時金として受け取れる「特別支給金」がある
労災保険の間違った誤解④「労災保険は仕事上だけだ」
労災保険は通勤途中の事故も対象
労災保険は、労働災害で負傷した場合などに適用されます。この労働災害は、次の2種類に分類されます。
①業務災害⇒業務中に被った傷病や障害、死亡
②通勤災害⇒通勤中に被った傷病や障害、死亡
特別加入制度に加入している会社役員や個人事業主の通勤災害は、一般の労働者の労災と同様に取り扱われます。通勤災害とは、「仕事のため」に「出勤・退社中または、会社間の移動中」に起こった災害のことを言い、「合理的な経路及び方法により行った通勤のみ」が労災保険の対象になります。ただし、合理的な経路を「逸脱・中断」した場合は労災保険の対象になりません。図に表すと次のようになります。
通勤災害かどうかの判断は、会社ではなく労働基準監督署が行います。では、どのような状況が「合理的な経路及び方法」にあたるのでしょうか。いくつかの事例をご紹介します。
事例①会社から帰宅途中に寄り道をした場合
寄り道が日常生活上必要な行為である場合は、「合理的な経路」として認められます。「日常生活上必要な行為」後に合理的な経路に戻った場合は労災保険の対象になります。
日常生活上必要な行為とは、次のような行為です。
・食材の買い物に立ち寄った場合
・病院への通院のために立ち寄った場合
・選挙へ投票しに立ち寄った場合
・職業訓練や学校に行く場合
・一定の親族へ介護に行く場合
事例②普段と異なる経路で通勤した場合
その異なる経路が合理的な経路かどうかで判断されます。通勤経路が複数あっても合理的な経路であれば通勤災害になります。ただし、特別な理由もなく遠回りするなどした場合は合理的な理由に該当せず、その途中で起こった事故については通勤災害と認められません。
事例③通勤途中に忘れ物を取りに引き返している途中に事故が起こった場合
仕事に関連する物を取りに引き返す場合は、「合理的な経路」に該当します。ただし、業務に関連のない私物を取りに引き返す場合や、体調が悪くなり自宅へ引き返す場合などは、業務に関連しないため「合理的な経路」に該当しません。
労災保険の間違った誤解⑤「保険料が高い。もったいない」
特別加入の保険料は会社で全額経費に
会社の役員が加入する特別加入制度の保険料は、会社で全額経費になります。特別加入制度により、労災事故が発生した場合は会社の役員は補償を受取ることができるため、受益者負担の観点から見れば会社の経費にするのはおかしいと思われるかもしれません。
通常ならば、役員が負担すべき金銭を会社が支払うと「役員賞与」となってしまい、会社の経費(損金)にすることはできません。しかし、この特別加入制度は、労働者性がある会社役員などの使用者が加入できる制度です。そのため、一般の従業員の労働保険料が会社の経費にできるように、会社役員の特別加入の保険料も全額会社の経費にすることができます。
個人事業主の場合は必要経費ではなく「社会保険料控除」
個人事業主が支払う特別加入の保険料は、必要経費ではなく社会保険料控除として確定申告で計算を行います。会社の場合とは取扱いが異なるため注意が必要です。社会保険料控除は、確定申告での所得税の計算で、所得から差し引くことができる項目です。そのため、特別加入の保険料を利益から必要経費として差し引いた場合と最終的な所得税の税額は変わりません。(事業税、国民健康保険税の計算では異なります。)
ただし、特別加入の保険料に付随して支払う「労働保険事務組合費」は、必要経費にすることができます。社会保険料控除には該当しませんので注意が必要です。
労災保険の間違った誤解⑥「労働保険を使うと損をする」
労災保険のメリット制
労災保険のメリット制とは、加入者の労働災害の発生状況によって、労災保険料が増額したり減額したりする制度です。労災保険を頻繁に利用する加入者の労災保険料は増額し、労災保険を利用しない(労災事故が発生しない)加入者の労災保険料は減額されます。
労災保険料の増減は40%の範囲(最大40%の割増、最大40%の割引)で行われるため、労災保険を利用することを躊躇する方もいらっしゃいます。しかし、保険料の増減はメリット率(保険給付/保険料×100)で判断され、メリット率が85%よりも高かった場合は保険料が増加し、75%より低かった場合は保険料が減額される仕組みです。
労災保険を利用したからといって、必ずしも労災保険料が増加するわけではありません。また、労災保険料が増加しても、大きな労災事故で得られる補償と比べると大きな負担ではありません。
労災保険の間違った誤解⑦「手続きが難しそう…」
労働保険事務組合を利用して特別加入手続きを
会社や個人事業主にとって、労働保険事務組合へ事務委託を依頼することには多くのメリットがあります。一番大きなメリットは、「労働保険の特別加入制度への加入手続きができること」です。会社役員や個人事業主の強い味方である「労災保険の特別加入制度」へ加入するためには、労働保険事務組合へ労働保険の事務処理を委託しなければならないと定められています。その他、事業者が労働保険事務組合に加入すると、次のようなメリットがあります。
①労働保険関連の手続きの代行
労働保険関連の手続きのために、複雑な申請書を作成して労働基準監督署に出向き、手続きを行うのは予想以上に多くの時間と労力が必要になります。労働保険事務組合に事務委託を行うことで電話やメール等で労働保険関連の手続きを手軽に済ますことができます。
②保険料の納付を年3回に分割できる
通常、概算労働保険料の額が40万円以上の場合に分割で納付することが認められています。しかし、労働保険事務組合に事務委託を行うことにより、金額に関係なく概算労働保険料を年3回に分割して納付することができます。一度に多くの資金が必要にならないため資金繰りに有効です。
労働保険事務組合に事務委託することは多くのメリットがありますが、労災事故が発生した際に、労働基準監督署に対して行う労災保険給付請求手続きは社労士の専門分野になります。したがって、労災保険給付請求手続きは一般の労働保険事務組合では対応することができません。しかし、当事務所が運営する「労働保険事務組合 労働保険センターNIPRE大阪」では、社会保険労務士事務所を併設しているため、資格を持った社労士が「社会保険給付業務」を対応させていただきます。「人に関する専門家」である社労士に「社会保険給付業務」を依頼することで、記載不備による労災不支給のリスクや、労使間の問題などを回避することができます。
まとめ
今回は、「特別加入制度未加入の方の労災保険の7つの誤解」をご紹介しました。労災保険のルールを正しく理解せずにいると、いざという時に十分な補償が受けられなかったり、労災事故に健康保険証を利用して「労災かくし」をしてしまい、思わぬ罰金刑が課されたりする恐れもあります。そうならないためにも、会社役員や個人事業者の方は、労災保険の特別加入制度への加入をおすすめします。当事務所「寺田税理士・社会保険労務士事務所」又は、当事務所が運営する「労働保険事務組合 労働保険センターNIPRE大阪」では資格を持った社労士が「中小事業主特別加入制度」のご相談を承ります。ぜひ、一度ご相談下さい。
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