大阪(大阪市中央区)難波(なんば)エリアのお客様へ

寺田税理士・社会保険労務士事務所は本町エリアに事務所があります

私たちは大阪でも数少ない「税理士と社会保険労務士のダブルライセンス事務所」であり、大阪の中心部である大阪市中央区、難波駅(なんば駅)から10分の場所に事務所があります。
大阪市中央区のお客様を中心に、いま私たちが300社を超える企業様から選ばれ続けるのは4つの理由があります。

1つめは、税理士専門サービス(会計、融資、節税)
2つめは、社会保険労務士専門サービス(助成金、労務、社会保険、給与計算)
3つめは、労働保険事務組合専門サービス(中小事業主の労災特別加入)
4つめは、経営コンサルティング専門サービス(未来会計、事業計画、経営会議)

大阪市中央区にある寺田税理士・社会保険労務士の特徴は、お客様にこの4つの専門サービスを同時に提供しているところにあります。

大阪(大阪市)難波駅(なんば駅)と難波(なんば)エリアの特徴

大阪府大阪市中央区・浪速区にある鉄道駅のことであり、以下の4線に属する駅がそれぞれ存在します。

1 難波駅 南海電鉄南海本線・高野線の駅
駅名は大坂城下の難波新地および西成郡難波村に由来する。駅構内や車内の案内表示では「なんば」と平仮名表記で統一されている。
2 難波駅 大阪市営地下鉄御堂筋線・千日前線・四つ橋線の駅
案内表示・駅名標などは「なんば駅」と平仮名表示に統一されている。
3 大阪難波駅 近畿日本鉄道難波線(奈良線)・阪神電鉄なんば線の駅
近鉄は難波線の起点であり、奈良線列車の大阪側のターミナルとなっている。阪神電鉄は2009年3月20日、西九条駅から当駅まで延伸開業され、直通運転を開始した。なお阪神なんば線の開業後も当駅は近鉄の管轄駅となっている。
4 JR難波駅 西日本旅客鉄道(JR西日本)関西本線(大和路線)の駅
駅開業から1994年まで湊町駅(みなとまちえき)と称していたが関西国際空港開港と同日にJR難波に改称されている。

難波(なんば)という名称は、大阪府大阪市中央区・浪速区の地域名称のことです。
そしてこの難波(なんば)エリアは、大阪の「キタ(大阪駅・梅田駅周辺エリア)」との2大繁華街の一つとしてよく「ミナミ」と称される地域です。一般的にはその玄関口となる難波駅(南海難波駅)や大阪難波駅(近鉄・阪神難波駅)周辺の繁華街をいいます。「ミナミ」が心斎橋駅から難波駅までの広範な地域を指すのに対し、難波はおおむね道頓堀より南、千日前より西の地域を指します。

ミナミの玄関口でもある難波は、商業施設が発達しており”なんばパークス”など若者に人気のある施設が多く、多種多様な商店が混在する。また全国でも有名な吉本興業が運営する”なんばグランド花月”もこの難波(なんば)エリアにあります。また心斎橋と同様、韓国人や中国人から大変人気があり、多くの訪日観光客(インバウンド)が訪れ、とても活気があるエリアです。地下街も非常に発達している。道路交通では、南北に大阪府大阪市の南北基幹道路の「御堂筋」が通り、東西には「千日前通」が通っています。商業においてとても便利なエリアである。高速道は「阪神高速環状線」「阪神高速堺線」が通っています。

以下『フリー百科事典 ウィキペディア』より参照

難波(なんば)駅と難波(なんば)エリアの概要と歴史

難波駅(なんば駅)の概要

難波駅(なんばえき)は、大阪府大阪市中央区・浪速区にある鉄道駅。

  • 難波駅 (南海) – 南海電鉄南海本線・高野線の駅
  • 難波駅 (大阪市営地下鉄) – 大阪市営地下鉄御堂筋線・千日前線・四つ橋線の駅
  • 大阪難波駅 – 近畿日本鉄道難波線(奈良線)・阪神電鉄なんば線の駅
  • JR難波駅 – 西日本旅客鉄道(JR西日本)関西本線(大和路線)の駅

以上、『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』より引用。2017年11月13日 (月) 12:10 UTC、ページURL: 「難波駅」

難波(なんば)の概要と歴史

難波(なんば)の概要

難波(なんば)は、大阪府大阪市中央区・浪速区の地域名称。または、中央区の町名。
難波は大阪の二大繁華街の一つであるミナミに包含され、一般的にはその玄関口となる難波駅(南海難波駅)や大阪難波駅(近鉄・阪神難波駅)周辺の繁華街を指す。ミナミが島之内の西半(心斎橋駅界隈)から難波駅界隈までの広範な地域を指すのに対し、難波は概ね道頓堀以南・千日前以西の地域を指し、老舗や高級店が多い心斎橋と比べ、ミナミの玄関口でもある難波は多種多様な商店が混在する。

場合によっては道頓堀・千日前・宗右衛門町・湊町・日本橋を含めた地域まで指すこともあり、今宮・木津(今宮戎駅・大国町駅付近)といった南隣の地域にも難波を冠する施設等が散見される。JR難波駅は難波駅や大阪難波駅と地下連絡通路などでつながっているが、長年親しまれてきた湊町駅という旧駅名と所在地の浪速区湊町という町名から、同駅周辺は現在でも湊町と呼ばれることが多い。ただし、本来の湊町は道頓堀川南岸の一画に過ぎず、現行住居表示の湊町は大半がもと難波である。

難波(なんば)の歴史(沿革)

江戸前期(難波村の移転)

難波の地名の由来となった西成郡難波村は、もともと南船場・島之内・下船場・堀江の一帯にあり、上難波村(南船場)と下難波村(その他)に分かれていた。現在ではほとんど難波と認識されることのない南船場に、難波別院・難波神社があるのはこのためである。江戸時代初期に行われた大坂城下の拡張に伴い、上難波村はわずかに飛地としてその姿を残す程となり、大坂城下が幕府直轄地となる1619年(元和5年)には上難波村の人口は0人となっていた。下難波村は元和・寛永年間に行われた新町遊廓の開発に伴い、道頓堀川以南(現・浪速区元町)へ移転となった。1650年(慶安3年)には木津川沿いの地域が西成郡西側町となり、下難波村から分割された。なお、南船場には上難波○○町という町名が大正初期まで、堀江には新難波○○町という町名が明治初期まで見られた。そして、1700年(元禄13年)に上難波村飛地が下難波村に編入され、難波村と改称された。江戸時代の難波村は藍の産地で知られ、濃色に優れる阿波産の藍に対して難波産の藍は薄色に優れ、難波水藍とも呼ばれた。

江戸後期(難波新地の誕生)

難波村のうち最も早く市街化されて大坂三郷へ組み込まれたのが、概ね現在の中央区難波にあたる難波新地(なんばしんち)である。大阪史上最大級の大火となった1724年(享保9年)の享保の大火の後に、天満橋南詰の本堺町・京橋一丁目・京橋北詰の相生西町と相生東町の一部が火除地となったため、その移転先として道頓堀の南西に元堺町・元京橋町・元相生町の3町が置かれた。その後1765年(明和2年)にこれら3町と元伏見坂町(通称:坂町)の南側が開発され、ここに難波新地一丁目~三丁目が形成された。

明治前期(難波新地の再編)

明治に入ると、1872年(明治5年)に坂町が南坂町に、難波新地一丁目が南坂裏町に改称され、翌年には南坂裏町が南坂町に編入され、現在の千日前1丁目に組み込まれて行くことになったが、一方で1872年(明治5年)に元堺町・元京橋町・元相生町の3町が難波新地に編入され、難波新地一番町~四番町に再編。翌年には難波村のうち市街化が見られた区域も難波新地に編入され、難波新地一番町~六番町に再編。この明治初期に拡大された難波新地の範囲が概ね現在の中央区難波の範囲となっている。
1879年(明治12年)の郡区町村編制法により難波新地は大阪府南区に含まれ、1889年(明治22年)の市制施行によって、大阪市南区へ移行。また同年の町村制施行によって、難波村は西成郡西側町・材木置場町・西高津村字髭剃を取り込み、難波村大字難波・西側・材木置場・西高津となった。

明治後期(難波村の大阪市編入)

1897年(明治30年)には難波村も大阪市南区へ編入された。1900年(明治33年)の大字改編により、大字難波に以下の16町が成立し、難波を冠する町名は難波新地の6町を含め22町となった。なお、大字西側・材木置場は木津川町に、大字西高津は南阪町に改称された。

大正 – 戦後昭和(町・区の再編)

1925年(大正14年)、難波新地を除く16町は新設された浪速区へ編入され、同時に難波の冠称を廃した。1943年(昭和18年)には南区と浪速区の境界変更が行われ、河原町北部が南区へ編入された。さらに戦後になって、1967年(昭和42年)には反物町が桜川町へ、小田町が塩草町へ編入された。そして1980年(昭和55年)に浪速区が、1982年(昭和57年)に南区が現在の住居表示を実施。1989年(平成元年)に南区が東区と統合されて中央区となり、現在に至る。
このように現在ではもと難波新地・河原町・新川・蔵前町といった繁華街の範囲だけを指すことが一般的になっているが、歴史的にも現在の地域区分としても難波は繁華街以西の木津川付近までの地域を含む地名である。

平成の再開発事業

南海難波駅周辺は再開発地域となっており、難波駅前の南街会館跡地には、丸井とTOHOシネマズが入居するなんばマルイが2006年(平成18年)9月22日にオープンした。2007年4月完成のなんばパークス2期にも大阪市内最大級のシネマコンプレックス「なんばパークスシネマ」が新設され、映画館数が一気に増えることになった。
また高島屋大阪店(本店)は、既存の本館の改修と新館の増床により、分散しているブランド品と洋品雑貨売り場、レストランをそれぞれ集約・拡張、2011年(平成23年)3月3日にグランドオープンした。増床面積は2万2000平方メートルで、従前の店舗面積と合わせると7万8000平方メートルとなり、西日本最大級の百貨店へと変貌した。高島屋はまた2007年(平成19年)に完成したなんばパークス2期の専門店街のプロデュースも行い、ミナミの集客作戦に大規模な投資をしている。

以上、『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』より引用。2017年11月13日 (月) 12:16 UTC、ページURL: 「難波」

大阪市中央区難波(なんば)エリアの主な施設

寺田税理士・社会保険労務士事務所が大阪市中央区(難波・なんば)のお客様から選ばれるもう一つの理由

寺田税理士・社会保険労務士事務所が大阪市中央区(難波・なんば)のお客様から選ばれるのは前述の4つの理由に加え、もう一つの理由があります。それは

「オフィスに近い税理士や社会保険労務士を選ぶ方がメリットが大きい」

と考えているからです。以下にそのメリットをご説明します。
(※これらは実際に私たちのお客様から寄せられた感想に基づいています)

成長するお客様がオフィスに近い税理士や社会保険労務士を選ぶ理由

1.困ったことがあっても気軽にすぐ相談できる。

オフィスに近い税理士や社会保険労務士事務所と顧問契約していると、困ったことがあってもすぐに相談することができます。実際に「ちょっと困ったことがあるから今から事務所に行ってもいいですか?」という感じで、お客様が私たちの事務所によく来られることがあります。もちろん、私たちがお客様のオフィスにお伺いすることもよくあります。

2.無駄な時間とコストが削減できる

税理士や社会保険労務士と顧問契約している場合、定期的に事務所まで会計や労務の資料を発送する必要が出てきます。事務所が近ければ外出のついでに事務所に届けることも可能ですし、事務所のスタッフが直接取りに来てくれることも可能です。また、打合せのために税理士や社会保険労務士事務所に行くこともありますが、場所が近いことは移動時間の削減にもそのままつながります。

3.地元エリアの地銀や信金とつながっており、話が早く、よい関係が構築できる

顧問契約している税理士事務所がお客様のオフィスと同じエリアにある場合、地域の地方銀行や信用金庫と深くつながっていることが多いため、融資や借り換えの話が早くスムーズに進めることができます。また借入条件などについても通常よりも良い条件で実行してくれるケースもあります。また税理士事務所と一緒に定期的な業績報告をすることもでき金融機関を良い関係が構築できます。

4.近くでランチしながら打合せで密接な関係になる

顧問契約している税理士や社会保険労務士事務所がオフィスと近い場合、仕事生活のエリアも同じです。したがって、近くのレストランやカフェで一緒にランチをしながら打合せや情報交換も可能です。また経理や人事社員を交えたランチ会などによってお客様と事務所との関係性が深まります。

5.契約する事務所のスタッフがお客様となったり新たに紹介を得られることもある

お客様が飲食店、小売店、歯科医院、心療内科などをされている場合、近くの税理士や社会保険労務士事務所と顧問契約しておれば事務所のスタッフが飲食店で食事したり、医院の患者となったりすることもあります。実際に寺田税理士・社会保険労務士事務所のスタッフも、顧問契約しているお客様の飲食店や医院を積極的に利用させて頂いてます。また同じエリアの顧問先が多数あるため取引先を紹介してくれることもあります。

6.地元エリアのことを知ってるので情報を得られることもある

税理士や社会保険労務士事務所は複数の業種のお客様のことを知っています。したがって同じエリアだと、地域のさまざまな情報を持っています。たとえば「どんなお店が流行っているか」「どの業種が成長しているか」「店舗や不動産の情報」などを得られることもあります。地域の経済状況や動きなどを得られることで経営のヒントになることもあります。

7.近いことで精神的に安心する

オフィスに近い税理士や社会保険労務士事務所であれば、地域の事情も深く理解しているため、お客様の会社のことをよく理解してくれるでしょう。また税理士業や社会保険労務士業というのは、最後はお客様と担当者との「人対人のサービス」です。遠くにいる人よりも近くにいる人に安心感を抱くのは今後も変わらないでしょう。会社の数字や経営の中身をすべて見せるのだから、近くの税理士がいいです。